どうして?香川県のゲーム規制条例について考えてみた

私とゲーム

幼少期から入院が多く、足の手術などをしたため運動が苦手で自然と読書やゲームが趣味であった。

ゲームは基本的に親に許可をもらったもののみが購入されたが、時間の制限はなかった。それこそ1日中やっていたこともあった。

中でもタクティクスオウガという作品のとある選択肢には衝撃を受けた。この話はまた別の機会にしよう。

それだけゲームにはまっていて成績が落ちたかと言われれば、私は一応県内では一番の進学校で一番優秀な人が集まるクラスに入ることができた。

ゲームの時間は自分が勉強すべきと思った時点で自然と減っていた。それでも遊びたいときにはしばりなく遊んでいたし、ここぞというときにはやめていた。

そのバランスは自分で成績や状況をみてつかんでいったのだ。

規制はいらない?

私の場合、規制をしたのが「自分」だった。というだけで規制というか節度は必要だと思う。

それが「親」なのか「自分」なのか「学校」なのか「友達」なのかは個人個人で違うと思う。

「今、ゲームばかりしていてはだめだ。」「今はゲームでリラックスしよう。」

そのバランスを獲得しなければやはり実生活に悪影響があるだろう。

この条例に賛成?反対?

私個人的に考えると、その規制を行うのが「行政」なのは嫌だと思う。

これは感情的なところによる「嫌」だ。

しっかりと考えてみると、今の時代は親が子供にしっかりと教育しきれる環境が日本では整っていないと感じる。ひとり1台のスマホが必須となり、スマホはゲーム機としても扱うことができる。それを見守り、ゲーム依存を回避することができるほど今の若年層の親世代は暇ではない。

どうしてこの条例が必要と考えた人がいるのか?(私の考え)

すごく良い見方をすると。

ゲームに対してハードが容易に入手可能で遊ぶ壁が少なくなった現代、親世代への教育の負担軽減や、世界でも話題になっている「ゲーム依存」への対策で若者の将来の幅を狭めさせたくないという思いがあるのだと思う。

どうしてそうしたのかわらかない点も

すこしうがった見方をすると。

一番に条例制定したということの実績を作りたくて焦ったのかなとも思う。

規制のプレイ時間制限は仕方ないかと思うが、タイムリミットまで作ってしまうとちょっとした息抜きとしてのゲームもできないと思う。

そのあたりは決めずに親との相談とか、決められた60分や90分をどう割り振るかを個人の裁量に任せれば良いのにと思ってしまう。

罰則はなく、強制力はない!

この条例、条例だから罰則があると思いこみそうになるが、罰則規定はなく強制力はない。

ゲーム依存に気を付けようというひとつの啓蒙の意味もあったのかもしれない。

ただただ反対せずに今後どうなるのかをみていきたい。

でも当事者の香川の学生たちは心中穏やかじゃないだろう!

厳しい親をもつ学生であれば、この条例ができたことでさらに窮屈になるかもしれない。

署名活動まで行った高校生もいる。

ゲームは負の側面だけじゃない。ストレスの発散にもなるし、今のゲームはコミュニケーションツールにもなる。さらに勉強になる一面もある。

私がゲームで得た知識

ゲームと一口に言ってもジャンルは様々である。当時の私は物語のあるRPGが好きだった。

ゲームのキャラの名前や技は英語だったり、何か歴史や神話にちなんであったりすることも多い。

知らない言葉がたくさん出てくるのである。その都度、ゲームをしっかり楽しむために「この言葉は何だろう?」と調べながらゲームしていた。調べなくても物語の流れからなんとなく察することができるものもあった。

私は英語のテストで授業では習っていないがゲームから知った単語が読めたことで皆より高得点がとれた経験もある。

ゲームもひとつ学習のツールにもなり得るということは、今の条例をきめる世代の大人にもしっていてもらいたい。

結局は「ゲーム」というツールの使い方

ゲーム自体は何の「善性」も「悪性」ももっていないと思う。

結局はそれを扱う人の使い方がすべてではないだろうか?

条例がその点を踏まえた上で、「ゲーム」とうまく付き合っていくためのものであればと願う。

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この記事を書いた人=ハットラボ(ハットリ)

臨床検査技師、超音波検査士(消化器)、血管診療技師、認定認知症領域検査技師

ブログを3個運営しているブロガーでもある。

 

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